原発事故と甲状腺がん

1. 東京電力福島第一原子力発電所事故後、甲状腺がんを心配したのはなぜ?

東日本におけるI-131の広域拡散と大気降下量
出典:日本原子力研究開発機構「東日本におけるI-131の広域拡散と大気降下量」シミュレーション(2011年3月末頃)

1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故で放射性ヨウ素が大量に放出され、汚染地域で小児甲状腺がんが急に増えたことから放射性ヨウ素が甲状腺がんの原因と確かめられました。東京電力福島第一原子力発電所事故でも、放射性ヨウ素を含む放射性物質が図のように広く拡散しましたのでその地域の住民は甲状腺がんを心配しました。政府も放射性ヨウ素の被害を予防するためヨウ素剤を飲むよう指示することになっていました。

2. 原発事故の時ヨウ素剤(安定ヨウ素)を飲むのはなぜ?

放射性ヨウ素は呼吸や食べ物と一緒に身体の中に入ると血液を介して甲状腺に溜まります。そして甲状腺の内部から細胞を被ばくさせ、がんの原因になります。

放射性ヨウ素は甲状腺に集まります
出典:原子力安全委員会原子力施設等防災専門部会「原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について」(PDF)

甲状腺は身体のあらゆる器官の成長や新陣代謝に必要な甲状腺ホルモンを作っています。ヨウ素はその重要な原料ですから甲状腺は血液中からヨウ素を取り込みます。その際、放射性ヨウ素と非放射性ヨウ素(安定ヨウ素)は化学的性質が同じなので甲状腺は両方取り込みます。ヨウ素剤を飲んで血液中の安定ヨウ素の量を十分に高くしておけば、放射性ヨウ素が甲状腺に取り込まれるチャンスが減ります。そのためにヨウ素剤を飲むのです。
ヨウ素剤ほど副作用がほとんどなく安い薬はないと専門医は言います。しかし、ヨウ素過敏症と診断された方、甲状腺疾患のある方はかかりつけの医師に対策を相談しておくとよいでしょう。

3. ヨウ素剤はいつ飲むの?その量は?

身体の中に放射性ヨウ素が入ってくる前か2時間後くらいまでに飲めば90%以上の阻止効果がありますが取り込まれてから時間が経つにつれてその効果は減少していきます。従って原子力事故があったとわかったらすぐに飲む方がよいので、医師の協力を得るなどして手元にヨウ素剤を用意しておくと安心です。

ヨウ素は飲むタイミングによって効果が違う
出典:原子力規制委員会「安定ヨウ素剤の配布・服用に当たって」(PDF)をもとに当基金が作成

安定ヨウ素剤の服用量は年齢によって違います。

安定ヨウ素剤の適切な服用量(1回分)
出典:原子力規制委員会「安定ヨウ素剤の配布・服用に当たって」(PDF)

放射性ヨウ素の影響を最も受けやすいのは胎児、乳幼児、未成年ですから、安定ヨウ素剤は妊婦、授乳婦、未成年には優先的に与えるよう指示されています。東京電力福島第一原子力発電所事故後に各原子力発電所から5km以内の家庭には前もってヨウ素剤が配布されることになりました。配布されるのは1回分で効果は24時間持続します。それ以後も避難ができない場合は原子力規制委員長から指示がなされることになっています。
原子力発電所から5km以遠30kmまではあらかじめ避難経路を設定しておき経路に沿った公共施設などに備蓄するよう決められています。
しかし、この事故で飯舘村のように30km以上離れた地域も汚染されたことから、これで十分かどうかは疑問です。

4. 福島県民はヨウ素剤を飲んだのですか?

東京電力福島第一原子力発電所事故の前から原子力発電所のある市町村では、事故に備えて防災訓練をしていました。放射性物質がどの方向にどのくらいの量流れて行くかを予想して避難の方向を決め、甲状腺の被ばく線量が100ミリシーベルト(13,000cpm)に達すると推定された場合はヨウ素剤を飲むよう指示することになっていました。予測はかなり正確でしたが、県も国もそれを住民に知らせませんでしたので放射性物質が流れた方向に多くの人が避難しました。被ばくがヨウ素剤服用の基準を超えた人もいましたが県は備蓄が十分あったにもかかわらず服用の指示をしませんでした。わずかに三春町、双葉町、富岡町が独自で指示を出しましたが、全体では1万人程度しか飲んでいません。

放射性ヨウ素、ヨウ素剤についてもっと知りたい方へ

  • 放射性ヨウ素(ヨウ素131)が半分に減る時間(半減期)は8日なので80日で1/1000になりますから9年以上経った現在では事故で放出されたヨウ素131はもうありません。
  • 一般にヨウ素剤の副作用が強調されていますが、副作用のリスクよりも、服用しないことによる甲状腺被ばくリスクの方が大きいことを知っておく必要があると原子力規制委員会は注意を促しています。
  • 40歳以上に安定ヨウ素剤の服用は必要なしとされたのは、成人期以後の原子爆弾被ばく者に甲状腺がんの増加がなかった、チェルノブイリ事故で甲状腺がんが増えたのは18歳以下であったという報告のためです。しかし、最近では40歳以上でも放射線によって発がん数が増加するという報告が増えてきていますので、見直しが必要でしょう。
  • cpm(count per minute):ガイガーカウンターという放射線測定器の検出部を1分間に通る放射線(ベーター線やガンマ線)の数。1分間に100本の放射線が通れば100cpmになります。

作成 : 2020年10月 最終更新 : 2020年12月